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神戸地方裁判所姫路支部 昭和29年(ワ)99号 判決

原告 村上三治 外三名

被告 岸本幸雄 外一名

主文

被告等は各自原告村上三治に対し金九〇、四三五円その余の原告各自に対し金四〇、〇〇〇円宛及び右各金員に対する昭和二九年三月八日から右完済まで年五分の割合の金員を支払え

原告等のその余の請求はいづれも棄却する

訴訟費用は二等分しその一を原告等の他の一を被告等の各負担とする

本裁判は被告等各自に対し原告村上三治において金三〇、〇〇〇円その余の原告等各自において金一〇、〇〇〇円宛の担保を供して仮に執行することができる

事  実〈省略〉

理由

被告幸雄本人の供述並に成立に争いのない甲第一号証によると訴外晴枝は昭和二八年一二月二七日午前七時半頃兵庫県神崎郡粟賀村中村八六番地の二所在の自宅前県道において被告幸雄の運転する軽二輪自動車に接触したことに因つて生じた脳底骨折のため同日午後九時頃死亡したことは明らかである、

検証の結果によると右現場は見通しのよい巾約五・四米の県道で両側には入家が立ちならび近くには小学校もあり人車の交通量は比較的多いことが明かで本件事故当時もそうであつたと推測せられる

証人岸田稔被告幸雄本人(一部)尋問並に検証の結果及び成立に争いのない甲第九第一〇号証によると被告幸雄は軽二輪自動車(ホンダドリーム号)に乗車し時速約三〇キロで右現場にさしかかつたとき前方道路の中央あたりを同じ方向に急ぎ足で歩行中の晴枝を認め同女の左側から追い越そうとしたが同所は前認定のような状況であるから周倒な注意をしないと歩行者と接触する危険があるにかかわらず同被告は警笛をならしただけで同女が後を振り向きもせず自動車が近づくのに気づいた様子もなくまた避譲する気配も示さないで依然として同方面に進行しているのを見て容易に追い越し得るものと速断し自動車の速度を減ずることなく道路の左寄りを直進したところ同女が同被告の右斜前方四米か五米の地点から急に左斜前方即ち同被告の進路に出て来るのを認めあわてて急ブレーキをかけたが時既に遅く同女と自動車が接触し同女はその場に転倒頭部を路面に激突させ因つて生じた脳底骨折のため前記のように死亡したことが認められる、右認定に反する被告幸雄本人の供述は措信できない、

およそ前認定のような本件現場において軽自動車を操縦するに当つては狭い道路を横断しようとする者があるときこれを避ける余地が少いから事故の発生を未然に防止するため常に進路の前方を警戒し前方を同方面に進行する人を追い越そうとする際にはその人が後から来る車に気づかないで急に進路を変えるなど不用意に進退する危険があることは日常経験するところであるから警笛の吹鳴その他の方法によつて車の接近を知らせる手段を講じなければならないことは勿論であるがただそれだけでは足らないのであつて通行人が後車の接近を知り安全な位置に退避したか或は退避する様子がないときは適宜速度を減じ安全に傍を通過するまで終始その態度を注視し時宜に応じいつでも停車し得るような措置をとり事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのである

しかるに被告幸雄は前認定の状況において晴枝を死亡させたのであるから同被告は同女の死亡につき過失の責任は免がれない。

被告久吉は仮に被告幸雄に過失があるとしてもそれは被告久吉の事業の執行につき加えた損害でないから被告久吉に責任はない、被告久吉の本業は農業で傍ら山林業を営んでいるが右は小規模でオートバイの必要はないが被告幸雄が趣味をもつているところから懇請されて買い与えたもので業務上使用することはないではないが殆んど被告幸雄の私用に使つているのであり本件事故も同被告の私用中にできたものであると主張する(被告久吉本人も同旨の供述をしているが同供述は措信できない)が、成立に争いのない甲第九第一〇号証によると被告久吉は三〇年来材木商を営みその農業は田四反五畝畑二畝の耕作(被告久吉本人は米は買うぐらいだと供述している)であつて被告幸雄は被告久吉の長男で高等学校卒業后直ちにその農業と材木商を手伝つており右自動車はその業務用に購入使用していたことが認められる、勿論被告幸雄の私用に使用することのあることは推測にかたくないが、

そうだとすると仮にその主張のように本件事故が被告幸雄の私用中に生じたものであつても被告久吉は使用者としてその責に任ずべきであると考える。

ところで前認定した状況即ち訴外晴枝は本件事故現場の道路の中央あたりを歩行中後方から被告幸雄が自動車を運転して近づくとき相当はなれた地点においても自動車のばく音と同被告が吹鳴した警笛によつてこれを覚知し得た筈である、それにも拘らず後を振り向きもせず自動車が四米か五米に近づいたとき急に左前方即ち自動車の進路に出たことは過失といわねばならない。

原告三治本人の供述並にその供述によつて成立を認め得る甲第二第四号証第三号証の一、二によると同原告は晴枝の右負傷の治療費金七、七六〇円その葬式費金四二、六七五円を支出したことが明かであり、そして原告等がその地方において中流以上の生活をしていることは争いがないから右葬式費は多額に過ぎるとはいえないから被告等は各自同原告に対し右合計金五〇、四三五円を賠償する義務がある、(ここでは晴枝の過失は斟酌しない)

晴枝(明治四二年生)は原告三治(同三七年生)の妻で原告三千代(昭和一八年生)同千寿代(同二〇年生)同清和(同二三年生)の母であること原告が醤油業を営みその地方で中流以上の生活をしていること被告が原告に対し晴枝の葬式の際金一〇〇、〇〇〇円を贈つたことは争いがない、右の事実及び前認定の被告幸雄の過失並に晴枝の負傷死亡の状況に前認定の晴枝の過失を斟酌すれば被告等は各自原告等の晴枝の死亡に因る精神的苦痛に対する慰藉料として原告等各自に対し金四〇、〇〇〇円宛支払うべきである、

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 中村友一)

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